沿革

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菅原病院の前進である菅原医院は炭鉱坑内の粉塵作業に伴う呼吸器疾患などを中心に、じん肺患者さん方の療養の必要により昭和38年に設立されました。

石炭発祥の地である大牟田は、明治以来石炭産業の街として栄えていました。そのため多数の炭鉱坑内作業者がおり、坑内での粉塵作業に伴い呼吸器疾患が増加しその療養が必要とされていました。

初代菅原謙次は戦後、三井天領病院(当時)に勤務し、塵肺患者の診療を行っていました。三井天領病院退職後は患者さんの継続的な療養のため、昭和38年に菅原医院を開設、昭和43年には菅原病院を開設、入院病床数30床の病院としてスタートしました。その後、当病院は結核病棟を含め100床に拡張、昭和53年には木下太郎が院長に就任し、じん肺患者や結核患者の診療を行いました。

診療の風景

診療の風景

平成2年、現在の院長である菅原謙三が院長に就任しました。大牟田の石炭産業の衰退、少子高齢化という状況を鑑み、平成15年に一般病床から療養病棟に転換し、病床数60床へと移行しました。それに伴い病院の全面改装を行い、食堂・談話室、理学療法室や特浴など、患者さんにとって充実した様々な施設やサービスを設けました。

平成24年に個人病院から医療法人CLSすがはら 菅原病院へ移行しました。法人化により事業の永続性が増し、介護事業等の附帯業務が行えるようになりました。

平成27年5月に地域密着型特定施設「てとての森」(18部屋)を開設。合わせて地域交流施設「てとての広場」をオープンしました。

平成27年にはこれまでの上屋敷町から小川町へと病院を新築移転しました。病院機能はそのままに、これまで以上の医療サービスを提供するため病棟やリハビリ室を中心に、大幅に見直しをはかりました。

現在でも、軽症から重症のじん肺患者約250名の治療や日常管理など呼吸器疾患を中心に診療を行っています。また一般健診・企業健診を含めた地域住民を対象とした、地域密着型の診療を行っています。